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2014.04.29
シャウムブルガー新聞(ドイツ)に掲載されました

シャウムブルガー新聞(ドイツ)に、フォルテピアノ演奏会評が掲載されました。

Auetal T.Miyazaki-2

<日本語訳>

「花のように心が咲く」
~情熱、豊かな表現、ダイナミクス。
宮﨑貴子はピリオド楽器の魅力と可能性を証明した

アウエタールにて。ヴェネチア出身の作曲家、バルダッサーレ・ガルッピの3楽章形式のソナタハ短調は、チャーミングで魅力的だった。エレガンスと技巧、メランコリーとみなぎる生命力がこの曲では同等に存在し、日本人ピアニスト宮﨑貴子の手で紡がれるガルッピの音楽に、カタリンハーゲンの教会に集まった満員の聴衆はうっとりと耳を傾けた。
さらに彼女の演奏は、完全に内的に充実した音楽が脈打っているような印象を抱かせる。その音楽は非常にチャーミングで優美、聴き手を魅了する方法を知っているのだ。そしてそれはある時はメランコリックで、またある時はシンプルで無駄がない。
自明のことだが、音楽は作曲家自身のことをも語る。ある世界的視野を持つ音楽家はその君主らから崇拝され、聴衆から愛された。彼は自身の作品がもつ全ての可能性に対して好奇心旺盛で、ヨーロッパ文化の中で主役を演じた。
まさに今、ガルッピの作品が埃だらけの図書館から引っ張り出され、再び演奏される時が来たのだ。
司会のペーター・アーペルも素晴らしく、完璧な話術で頻繁に冗談を交えながら、鮮やかに観客を導いた。彼は旋律に寄り添ってメランコリックなベールを紡ぎ、それは途方もなく愛らしく、ソナタの歌心は際立たされて、そこに潜んだオペラのアリアも聴こえてくるようだった。
ガルッピ、モーツァルト、C.P.E. バッハ、マリアンナ・マルティネス、そしてムツィオ・クレメンティ。カタリンハーゲンの“若きエリート音楽家たち”シリーズでは初めて披露される曲が沢山あり、それらは我々の心に触れ、心を花のように咲かせた。
音楽はとてつもない宝物(恐らく一生探しても見つけられないかもしれないほどの)に気づかせてくれる。
そして宮﨑貴子はワルターモデルのフォルテピアノで、非の打ち所のない美しいタッチと深い感性をもって観客を魅了した。彼女は長い休符での間の取り方も絶妙で、とりわけ素晴らしく感情移入のできる人だ。常に小さなたゆみと加速をもって音楽を生き生きとさせるのだが、それらは全て、興奮しすぎることなく、オーバーアクションになることもなく、作られた感もないのだ。最小限の動作で、彼女は最大の魔法をかけることに成功している。
小さな教会というのも良かった。大きなホールだと、ワルターモデルのフォルテピアノのニュアンスや響きはすぐに消えてしまうだろう。カタリンハーゲンの小さな教会では、前方の座席が人気だった。これが普通のピアノで弾かれていたら、モーツァルトの解釈も直ちにもっとつるつるとした、単色で時に中庸なものに聞こえるのだろう。しかしフォルテピアノでは、情熱、豊かな表現とダイナミクスとなるのだ。 (フランク・ヴェスターマン)

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