プログラムについて

♪10月7日(金)「小森輝彦&宮﨑貴子リートデュオVol.2 ~白鳥の歌、ケルナーの詩による12の歌曲~」の公演プログラムの解説・大意・訳を公開中です♪


【解説・大意】

白鳥の歌 D957 より ( F.シューベルト)

歌曲の王といわれるシューベルト(1797-1828)は31歳の若さで亡くなるまでに600曲以上もの歌曲を作曲しました。《白鳥の歌》D957はシューベルトの死後、友人や出版社によって遺作が集められ出版されたものです。全14曲から成りますが、今回の抜粋は以下の8曲です。

愛の便り

小川に向かって、遠く離れた恋人によろしく伝えておくれ、もうすぐ帰るから、とメッセージを託す若者の歌。

兵士の予感

戦場のおそらく野営キャンプ場。眠れず物思いに耽る一人の兵士が、郷土の家や妻(恋人?)のことを想い、現実の孤独と戦う。いつか帰る日を夢見て。

セレナーデ

夜の静寂(しじま)を抜け、切なく歌われる若者のセレナーデ。月明かりの下、木々はざわめき、(夜の恋の象徴の鳥である)ナイチンゲールは若者の心を代弁するかのようにさえずる。愛しい人よ、どうかこの想いに応えて!

別れ

馬に跨り、故郷を後にする若者。あばよ!と少し強がりながら、住み慣れた街へ、木々や緑の庭たちへ、女の子たちへ、太陽へ、特別な家の窓へ、そして星へ、順に別れを告げ去っていく。6節から成る有節歌曲。

アトラス

ギリシャ神話に登場する神アトラス。ゼウスとの戦いに敗れ、世界の西の果てにおいて天を肩で支える役目を課されることとなった。誇り高きアトラスが並ならぬ怪力で苦行に耐えながら、己の惨めな運命を嘆く。

漁師の娘

「そこの漁師の娘さん、小舟を岸につけて、こっちへおいでよ。手を取り合って仲良くしよう?怖がることはないよ。君が日々身を任せている海と、僕の心はそっくりじゃないか。嵐もあれば凪もあり、美しい真珠だって秘めているよ。」

影法師

夜、静寂に包まれた街。愛した女性がかつて住んでいた家の前で、自分の影法師(ドッペルゲンガー)を見た男。苦悩に満ちて家を見上げるその影法師は、男の幻覚か。錯乱とも言える状態に陥りながら、男は影法師に向かって叫ぶ。「お前、影法師だな!どうして俺が昔、毎晩毎晩苦しんだその苦しみを真似るんだ!?」

鳩の便り

僕は鳩を飼っている。いつでも愛する彼女に便りを運んで、その返事を持ち帰ってきてくれる伝書鳩を。昼も夜も、起きていても夢の中でも、鳩は疲れ知らずで忠実に仕えてくれる。その鳩の正体は?―憧れ!  *この作品は、シューベルトの絶筆であるとも云われます。

F.リストの歌曲たち

19世紀の社交界で華々しく活躍し「ピアノの魔術師」とも謳われるF.リスト(1811-1886)は多くの歌曲も作曲しており、そのうちのいくつかはリスト本人によりピアノ版に編曲されて、ピアノのレパートリーとしても親しまれています。
今回取り上げる4曲は、当時スキャンダルとなったマリー・ダグー伯爵夫人との恋愛関係が終わった頃からワイマール宮廷楽長として最も多くの作品を生み出した時代にかけて作曲されました。

父祖の墓 S.281

荒野にそびえる古い教会に、一人の老兵士が辿り着く。堂の中には祖先代々英雄たちの棺。摩訶不思議な精霊の声に包まれ感極まる老兵士。「今こそ救いの時だ!自分もそれに値する人生を歩んできた!」目の前に空の棺が1つ現れる。老兵士はそこに横たわり、眠りについた。精霊たちの声も消え、静寂だけが残った。

それはきっと素晴らしいこと S.314

愛し合うことは素晴らしいことー2つの魂が恋に落ち、互いに強く結びついて、偽りなく全てを分かち合い、最初のキスから死の時まで、愛の言葉だけを交わすということはー。

ざわめくのは風 S.294

秋の冷たい風が不気味に荒野をざわめく。以前は野原も花咲き、陽できらめいていた。星も瞬いていた。バラ咲き誇る春に、恋人を抱きしめていた。でもざわめく秋風にすっかり景色が変わってしまうように、人生の花もしおれ、希望は沈み、愛のバラも枯れてしまう。風よ吹くがいい!

おぉ愛せよ、愛しうる限り S.298

有名なピアノ曲「愛の夢」の原曲はこの歌曲。恋愛だけを意味する詩ではなく、互いが生きている間に愛しうる限り愛せ、よくしてくれる人に精一杯親切にし、言葉の扱いには十分気をつけるよう説く、人類愛を謳った内容。

《ケルナーの詩による12の歌曲》Op.35 (R.シューマン)

R.シューマン(1810-1856)も多くの歌曲を作曲しましたが、代表的な歌曲集の多くが愛妻クララとの結婚が叶った1840年に精力的に作曲されており、この年はシューマンの「歌の年」とも言われます。
《ケルナーの詩による12の歌曲》Op.35も、そんな歌の年に書かれた歌曲集。
J.ケルナー(1786-1862)は詩人としても高名な開業医(ボツリヌス中毒治療の原点ともいえる報告書を提出している)で、シューマン夫妻やブラームスら、ロマン派時代の作曲家達にインスピレーションを与えました。12の歌曲には物語としての一貫性は見られないものの、自然への傾倒(人間嫌い)と厭世観が強くにじみ出るケルナーの詩に、同じく人付き合いが上手とは言えなかったであろうシューマンの音楽が呼応し、様々な人生の場面を経て、最後は天使にのみ救いを求めるまでの心の内が描き出されます。

1.嵐の夜の歓び

外は荒れ狂う嵐、室内は天上の光に守られ、コントラストの描写が美しい。自然が荒れ狂えば荒れ狂うほど自分の内にもエネルギーがみなぎり、天の光にしかと抱きしめられる、春の到来への喜び。

2.消えてしまえ、愛も光も

愛する少女が修道女になる決意をし、聖母に祈りを捧げている。少女は世俗的な欲から解放され(「消えてしまえ、愛も喜びも!」)、若者はその様子を見て絶望する(「消えてしまえ、愛も光も!」)。

3.さすらいの歌

今まさに故郷から旅立とうとする若者。見知らぬ土地への憧れに駆られ、これから野を越え海を越えるのだろう。その道中にはきっと、故郷の鳥たちや、そよ風が運ぶ故郷の花の香りにも出会うはず。その花は彼女にプロポーズする花束をつくるために庭に植えていたもの。彼女が応えてついて来てくれたら、その時はその見知らぬ土地が彼の故郷になるだろう。

4.新緑

長い冬の眠りから覚め、芽吹いた新緑。それを見つけた感動と、そんな緑だけが自分の傷ついた心を癒し鎮めてくれる、という告白が歌われる。

5.森への郷愁

かつて親しんだ森へ想いを馳せる。いつも愛情込めて抱きしめてくれた森。そこでは生きる活力と共にいくつもの歌が生まれた。しかし今はそこから離れ、広い牧草地が目の前に広がるが、退屈で何も心に響かない。自分はまるで自然から引き離された鳥のように、時折おずおずとさえずるのだ。

6.亡き友のグラスに

亡き友がよく使っていたワイングラス。生前の陽気な様子を想いながら、今再びそれを黄金色のワインで満たし、じっと見つめる。自分と友を隔てるものが何もないような、ただならぬ気配を感じる。いざ乾杯!・・・月が静かに昇り、真夜中の鐘の音。グラスは空で、そこには聖なる響きがこだましていた。

7.さすらい

夜明け前、故郷の様々な絆を断ち切って、旅に出る若者。全てを断ち切るけれど寂しくはない。だって自分の心は、この大地と空としっかりとした絆で結ばれているのだから。

8.秘めたる愛

やるせない恋心が切なく歌われる。「もし歌で君を讃えるなら、僕はあらゆる旋律を駆使して歌い続けていられる。でも実際は何も言えず、想像の中で君を抱きしめるだけ。それが辛くてたまらないから、この歌を歌ったけれど、苦い痛みに満ちて、うまくいかない。」

9.問い

夕陽のきらめき、星の夜、美しい花々や木々、山や小鳥のさえずり、そして人々の心に宿る歌・・・それらがもしなかったら、辛いとき、一体何が自分の心を満たしてくれるだろう?

10.ひそやかな涙

悩みを抱えて眠る夜、外では静かに雨が降り、人も静かに涙を流す。雨と涙は物事を浄化するということか・・・夜のうちに雨が降った後には青空が広がる。そして人知れず涙した次の朝は、不思議と心が解放される。そんな様子が、美しい自然描写と共に詩的に歌われる。

11.誰が君をそんなに病ませたのだ

自分自身への問いかけか。誰のせいでそんなに病むことになったのだ?それは北風のせいでも、夜のせいでも、谷間でまどろんだせいでもない。全部人間たちのせいなのだ。自然は自分を癒してくれるけれど、人間たちは安らぎを与えてくれない。

12.古いリュート

第11曲目と同じメロディーが、「さらにゆっくり、さらに静かに」という演奏指示と共に現れる。2曲の詩に元々連続性はないが、シューマンはあたかも病んだ先、一歩踏み込んでしまった世界かのように第12曲目を描く。「過ぎ去った日々の、聴こえるはずのないリュートの調べが聴こえ、これまで癒しだったはずの自然にも安らぎを見いだせず、ただ天使だけが、自分を悪夢から救ってくれる。」


【訳・全曲】

白鳥の歌 D957 (シューベルト)

愛の便り ( L. レルシュタープ)

せせらぐ小川は 銀色に輝いて
僕の恋人のもとへ 陽気に急いでくれるのかい?
あぁ親愛なる小川よ 僕の使いになってくれ
遠く離れた彼女に よろしく伝えておくれ

庭に咲いたすべての花たち
それを彼女はとても可愛い仕草で胸に抱く
赤紫に燃える彼女のバラを
小川よ、お前の冷たい流れで元気づけておくれ

彼女が岸辺で夢の中
僕を想ってうなだれていたら
優しいまなざしで彼女を慰めてくれ
きみの恋人はもうすぐ帰るからって

赤く輝く太陽が傾いたら
愛しいあの子を眠りにつかせて
甘い安らぎの中 サラサラと音をたて
彼女の夢にそっと この愛をささやいておくれ
 

兵士の予感  (L. レルシュターブ)

深い眠りの中 俺の周りに横たわる
戦友たちが輪になって
心がひどく不安で重い
熱く焦がれる想いのせいだ

何度甘く夢見たことか
彼女の暖かな胸を!
なんて心地よく暖炉が燃えていたことか
彼女が俺の腕の中にいたときは!

ここでは、炎はほの暗く光っている
ああ!そいつはただ武器の上で戯れているんだ
ここで感じるのはただ孤独だけ
辛い涙が湧いてくる

心よ!慰めがお前を見捨てないように!
まだ多くの戦いが呼びかけてくる
すぐに俺も休めるだろう 深く眠るんだ
いとしい娘よ おやすみ!
 

セレナーデ (L. レルシュターブ)

静かに訴えかける僕の歌声は
夜の闇を抜けて君のもとへ向かう
この静かな森の中へ
愛しい子、さあおいで!

木々の細いこずえはざわめく
月明かりの中で、まるで囁くように
告げ口好きが盗み聞きしていても
恋人よ、心配しないで

ナイチンゲールの声が聞こえるかい?
ああ、鳥たちは君に訴えかけるんだ
甘い声で嘆く
僕の代わりに

彼らは胸の切望をわかっているし
恋の痛みを知っている
銀色の鳴き声でかき乱すのだ、
みんなの心を

だから君も心を動かしてくれよ
愛しい人よ 僕の歌を聴いて!
ドキドキしながら待っているから!
来て、僕を幸せにしてくれ!
 

別れ (L. レルシュターブ)

あばよ!陽気な愉しい街 あばよ!
俺の馬はもう意気込んでひづめで地を搔いている
さぁこれが最後の別れの挨拶だ
お前は俺に悲しそうな顔なんて見せたことないじゃないか
だから別れ際だってそうだよな
あばよ!陽気な愉しい街 あばよ!

あばよ!木々と緑の庭たち あばよ!
今俺は銀色に輝く小川に沿って馬を走らせながら
あたりに高らかに別れの歌を響かせよう
お前たちは悲しげな歌なんて聴いたことないだろう
だから別れ際にもそんな歌は歌わないさ
あばよ!木々と緑の庭たち あばよ!

あばよ!そこの可愛らしい少女たち あばよ!
君たちは花香る家から何を見てるんだい?
お茶目な、誘うような眼差しで
俺はいつものように挨拶して振り向く
でも決して馬を戻らせはしない
あばよ!そこの可愛らしい少女たち あばよ!

あばよ!沈みゆく愛しい太陽よ あばよ!
今星たちが金色にきらめき瞬いている
その小さな星たちを 俺がどんなに好きなことか
この世界を遠く広く旅するとき
お前たちはいつも忠実な連れとなってくれる
あばよ!沈みゆく太陽よ あばよ!

あばよ!きらめく窓よ あばよ!
お前は黄昏の光の中たいそう物憂げにきらめき
俺たちを小屋の中へと招く
その前を あぁ俺も何度も通ったよ
それも今日で最後なのか?
あばよ!きらめく窓よ あばよ!

あばよ!灰色に薄れゆく星たちよ あばよ!
あの娘の窓に消えゆく光がどんなにくすんでいても
お前たち無数の星もその代わりにはならない
俺がここにいられず去っていくしかないのなら
何になろう お前たちが忠実についてきたところで
あばよ!灰色に薄れゆく星たちよ あばよ!
 

アトラス (H. ハイネ)

俺は不幸なアトラスだ!世界の
苦痛に満ちた全世界を俺が引き受けなければならない
耐え難い苦痛を抱え、
この体の中で心は張り裂けそうだ

誇り高き心よ、お前は望んでいたはずだ
お前は幸せでいたいのだ この上なく幸せに
それともずっと惨めでいたいのか、誇り高き心よ
なのに今お前は惨めだ
 

漁師の娘 (H. ハイネ)

可愛い漁師のお嬢さん
その小舟をこいで岸にあがっておいで
こっちへ来て腰をおろして
手と手を取り合って仲良くしよう

君の頭を僕の胸にもたれさせてよ
そんなに怖がらないで
だって君は毎日海の荒波に
平気で身を任せているじゃないか

僕の心もその海にそっくりさ
嵐もあれば引き潮も満ち潮もある
そしてたくさんの綺麗な真珠が
奥底に秘められているよ
 

影法師 (H. ハイネ)

静まり返った夜 眠りについた通り
この家に僕の愛しい人が住んでいた
彼女はずいぶん前に街を去ったのに
家はまだ同じところに建っている

そこに一人の男が立ち 上を凝視している
苦悩のあまり手を握り締めて
僕はぞっとした その男の顔を見たとき
月の光が照らし出したのは僕自身の姿なのだ

お前は影法師だな!青ざめたやつめ!
なぜ僕の愛の苦しみを真似るんだ
昔、毎晩毎晩この場所で
僕を苛んだ苦しみを?
 

鳩の便り (J. G. ザイドル)

僕は1羽の伝書鳩を飼っている
そいつはすごく誠実で信用できる鳩だ
行き先にたどり着かないこともないし
通り過ぎてしまうことも決してない

僕はその鳩を何千回も放ち
毎日様子見に行かせる
鳩はいくつかの気に入りの場所を通って
僕の恋人の家へ向かう

そこで鳩は窓からこっそりと中を覗き
彼女のまなざしや足取りをうかがう
私からの言づてをじゃれながら彼女に伝え
そして彼女の返事を持ち帰ってくる

だからもう手紙を書く必要はないのだ
涙すら鳩に預けられるのだ
おぉ、さすがに涙までは届けるのは荷が重すぎるけれど
鳩は全く熱心に私に仕えてくれるのだ

昼も夜も 目覚めていても夢の中でも
鳩にとっては同じこと
鳩はただ飛び回っていられるだけで
満ち足りているのだ!

鳩は疲れたり弱ったりせず
その道のりはいつも新鮮なのだ
誘い出す必要も褒美を用意する必要もない
この鳩はとにかく僕に忠実なのだ

だから僕も大切に鳩を抱いてやるのだ
素晴らしい土産を確信しながら
その鳩の名は? 「あこがれ」!知ってるかい?
忠実な気質の使者だ
 

F.リストの歌曲たち

父祖の墓  S.281 (J.L.ウーラント )

荒れ野を歩いて
古い教会へとやってきたのは
武具をつけたひとりの老人
そして暗い御堂の中へと踏み込んだ

彼の祖先の柩が
広間に沿って並んでいた
地の底から彼に何かをうながすのは
不思議で素晴らしい歌声

「よろしい、私は御身たちの挨拶を
英雄たちの御霊よ、しかと聴いた
御身たちの列に加わるとしよう
私を救いたまえ!私はそれに値するはずだ!」

涼しいその場所に置かれていたのは
ひとつの中身が空の柩
そこを彼は安らぎの床とし
枕に彼の盾を置いた

その手を彼は組んだ
剣の上に そして眠りについた
霊たちのこだまも消え去って
そこには静けさだけが残った
 

それはきっと素晴らしいこと  S.314 (L. レルシュターブ)

それはきっと素晴らしいこと
二つの魂が恋に落ち
互いに強く結びつきあう
たったひとつの言葉も隠すことなく
そして喜びも悲しみも幸福も不幸も
互いに分かち合い
最初のくちづけから死のときまで
愛の言葉だけを交わすというのは
 

ざわめくのは風   S.294 (L. レルシュターブ)

ざわめくのは風
とても秋らしくて冷たい風
荒れ果てた耕地
葉を落とした森

花咲いていた野原よ!
陽を浴びていた緑よ!
こうして人生の花は
しおれてしまうのだ

流れゆくのは雲
とても暗くくすんでいる
消えてしまった星たち
空の青さの中で!

ああ、星たちが
空から逃げ去るように
人生の希望も
同じように沈んでいく!

春の日々は
バラの花々に彩られ
そこで私は恋人を
胸に抱いていたものだ!

丘の上を冷たく
ざわめき、風よ、行くがいい!
こうして愛のバラも
同じように死んでいく!
 

おお愛せよ、愛しうる限り S.298 (F.v. フライリヒラート)

おお愛せ、愛しうる限り!
おお愛せ、愛したいだけ!
その時は来るのだ、
君が墓の前に立って歎く時が

だから心がけるんだ、自らの心が燃え立つことを
愛情を抱き、愛を携えることを
その愛がもう一人の心と
愛の中で 暖かく共に脈打つ限り

そして君にその心を開く者には
おお その人に、できる限り親切に接しなさい
その人をいかなる時にも幸福に
いかなる時にも悲しませてはいけない

そして気をつけるのだ 言葉の扱いには十分に
ひどいことを言ってしまったあとで
ああ神様、そんなつもりではなかったのだと言っても
その人は去ってしまうだろう 嘆きと共に

 

ケルナーの詩による12の歌曲  作品35 (R. シューマン)

1. 嵐の夜の歓び

窓の外、山にも谷にも
恐ろしいほどに雨がふり、嵐がうなり
看板と窓が甲高くきしんで
夜になると旅人が道に迷うとき

この屋内は心地よくほっとする
至高の愛にゆるされて
天上のあらゆる金色のきらめきが
この静かな部屋の中へ入り込んだのだ

豊潤な生命よ、憐れむがいい!
その優しい腕で抱きしめておくれ!
春の花たちがどんどん咲き出で
雲はたなびき、鳥たちは歌う

まだまだだ、嵐の夜よ、荒れ狂え!
軋め、窓、よろめけ、看板
森はしっかりふんばれよ、ごうごうと波がくる
天の光が俺を抱きしめるんだ!

2. 消えてしまえ、愛も光も

アウグスブルクに高貴な家が建っている
古い大聖堂の近くに
ある明るい朝 そこから出てくる
とても敬虔な乙女が
歌声が響き
大聖堂へ入っていく
その愛らしい姿

マリア様の聖像の前で
彼女はひざまずき祈る
天は彼女の心を満たし
あらゆる俗世的な欲望は消え去る
「おお 清らかな聖母さま
 私だけを
 あなたのものとしてください!」

すると鐘が鈍い音で鳴り響き
祈っていた人々は我に返る
乙女は教会堂の中を進んでゆく
自分が何をまとっているかも知らずに
彼女の頭上にあるのは
天上の輝き
百合の花輪だ

人々は驚きをもって見守る
髪の上で輝くその花輪を
一方乙女は長くは歩かずに
祭壇の前へと進み出る
「修道女にしてください
この哀れな娘を
消えてしまえばいい 愛も喜びも!」

神よ、そうさせてくれ、この乙女が
あなたの花輪を安らかに身に着けていられるように
彼女は私の最愛の人
それは一生変わらない
彼女はそれを知らなくて
僕の心は張り裂けそうだ
消えてしまえ、愛も光も!

3. さすらいの歌

さぁ!この泡立つワインを飲み干そう!
じゃぁな、大好きな奴らよ! 行かなきゃいけないんだ
じゃぁな、山々よ、故郷の家よ!
俺は遥か彼方へと強くいざなわれるんだ

太陽は空にじっと留まることはない
大地や海を越えて進んでいくだろ
大波は孤独な浜辺にしがみつきはしないし
嵐は力強く大地を吹き荒れる

急ぎ行く雲と共に鳥は渡り
はるか彼方の地で故郷の歌を歌う
そんなふうに若者達も森や野原へ駆り立てられるのさ
母に似ている、このさすらいゆく世界は

見知った鳥たちが海の彼方で若者に挨拶をする
それらは故郷の野原から飛んできたのだ
花たちの香りが親しげに彼のまわりに漂う
この花たちも故郷からそよ風が運んできたのだ

鳥たちは、若者の故郷の家を知っている
花たちは、彼が恋人に花束を作るために植えたもの
そして恋人は彼についてきて、2人は手を取り合う
そうすればこの遠い土地が彼の故郷となるのだ

4. 新緑

若々しい緑、爽やかな草よ!
どれだけ多くの心がお前によって癒されたことか
冬の雪によって病んだ心が
おお 私の心がどんなにお前を求めていたことか!

お前はもう大地の暗闇から目を覚ましたのか
私の目がどんなにお前に微笑みかけていることか!
この森の中の静かな大地で
緑よ、お前を抱きしめ、口づける

私がどんなに人々から離れたいと願っていることか
私の苦しみはどんな言葉も癒せはしない
ただ この胸に当てた若葉だけが
私の鼓動を鎮めてくれるのだ

5. 森への郷愁

私はおまえ達から離れたくなかった
気高く素晴らしい森よ!
愛情込めて抱きしめてくれ
いつまでも、何年も何十年も!

おまえ達の夕暮れの薄明りの中
鳥の歌と銀色の泉
いくつもの歌が生まれた
私の心に 生き生きと明るく

ざわめき、こだま
おまえ達のささやきは決してやむことはない
そのメロディー全てが
この心に歌を呼び覚ましてくれた

この広い牧草地では
全てが退屈で何も語りかけてこない
私は青い空を見あげ
雲の形を眺めるだけ

そいつらが心に何かさせようとしても
歌を呼び起こすことはほとんどない
木々や小川から引き離された鳥が
あまり鳴かなくなってしまうように

6. 亡き友のグラスに

素晴らしいグラスよ、今お前は空っぽだが
グラスよ、よくあいつが陽気にかかげていたなぁ
でも蜘蛛がお前のまわりにいつの間にか巣を張って
陰気な喪章を作っている

さて 俺がお前を満たす時が来た
月のように輝く ドイツのブドウ酒の黄金色で!
お前の深い神聖なる輝きを
俺は見下ろす 敬虔な気持ちに震えながら

俺がお前の奥底に見るもの
それは尋常のものではない
だが俺には今はっきりと分かるんだ
友と友を隔ててるものは何もないことが

この信念のもとに、愛しきグラスよ!
俺はお前を飲み干そう 高らかに思い切り
金色の星がキラキラと煌めく
杯よ、お前の高貴な血に!

静かに月が谷間をゆく
厳かに真夜中の鐘が鳴る
そして空になったグラス!聖なる響きが
ガラスの底にこだましている

7. さすらい

意気揚々と爽やかに見知らぬ土地をさすらった!
断ち切られた、ああ断ち切られたのだ 多くの尊い絆は
僕がよく祈りを捧げた所にあった 故郷の十字架よ
木々よ、ああ丘よ、おお僕を祝福と共に見送ってくれ

広い大地はまだ眠っていて、鳥も森を目覚めさせはしない
だけど僕は見捨てられたわけではないし、孤独でもないのだ
なぜなら!あぁぼくは心の中にお前たちとの大切な絆があるからだ
僕は感じる、大地も空も僕と心で結ばれているのだと

8. 秘めたる愛

もし僕が君を歌で讃えられるなら
この上なく長い歌を歌うよ
そう 僕はあらゆる旋律で
君のことを歌うよ 疲れも知らずに

でも僕がいつも悲しくなるのは
いつも何も言えず
ただ君を想い抱くしかできないことだ、愛する人よ
この胸の聖なる場所で

この痛みに突き動かされ
僕はこのささやかな歌を歌ったのだ
だけど苦い痛みに満ちていたから
君に届くことはないだろう

9. 問い

もしおまえがいなければ、聖なる夕陽の煌めきよ!
もしおまえがいなければ、星ふる夜よ!
美しく咲く花々よ! 茂る樹々よ! 
そしてそびえる見事な山々よ!
空から聴こえる鳥の歌よ!
人々の心から溢れる歌よ!
もしおまえたちがいなければ、ああ、困った時
何が心を喜びで満たしてくれるだろう?

10. ひそやかな涙

君は眠りから目覚め
草原をそぞろ歩く
あたり一帯すべての地に
素晴らしい青空が広がっている

君が安心して
苦しみもなしにまどろんでいた間
空は朝までずっと
たくさんの涙を流していた

静かな夜に涙すると
人はしばしば苦しみから解放される
そして朝が来て思う
もう大丈夫と

11. 誰が君をそんなに病ませたのだ

君がそんなに病んだのは
誰のせいなのだ?
冷たい北風ではない
星の瞬く夜でもない

木の陰でもないし、
太陽の輝きでもない
谷間の花のベッドで、まどろんだとか、
夢を見たからでもない

死ぬほどの傷を負ったのは
人間たちのせいです
自然は私を元気にしてくれたけれど
人間たちは安らぎを与えてくれない

12. 古いリュート

鳥のさえずりが聴こえるかい?
花咲きほこる木が見えるかい?
心よ!お前は恐ろしい夢から
抜け出すことが出来ないのか?

聴こえるのは何?古いリュートだ
悩ましい 青春時代の心の調べ
それは私がこの世を信じ、
その喜びを信じていた頃の響き

あの頃は過ぎ去ってしまった
野の薬草も僕を癒してはくれない
そしてその恐ろしい夢から
天使だけが私を目覚めさせてくれる

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